| 第 1 回 ひらがなとカタカナ
一 本様体
国語科書写において「漢字の楷書と調和する仮名」と表記されている和字書体を「本様体」ということにします。本様とは「基本的な様式」という意味があり、世阿弥著『風姿花伝』には「これ即ち能の本様と心得べき事なり」という用例があります。
和文系統の文章が平仮名漢字交じり文で記述され和様・御家流で書写されたのにたいし、漢文系統の文章は漢字片仮名交じり文で唐様・楷書体で書写されていました。楷書体に調和するということは、漢文系統の文章である漢文訓読文の片仮名書体にあわせて平仮名書体が形成されていったと考えられます。
本様体は、漢文体系統・漢字片仮名混じり文の「片仮名」にたいして「平仮名」の書風をあわせたものをさすことにします。その筆法は片仮名と同じように打ち込みをもっています。
1 漢文体・東鑑体・宣命体
奈良時代には漢文体、漢化和文体、宣命体が見られます。純漢文体とは中国語の文法にしたがって漢字・漢語で書かれた文章様式です。漢化和文体とは東鑑あずまかがみ体ともいい、漢字だけをもちいた和文で書かれた文章様式です。敬語の使用、日本語の文法による語序、助字を利用しての助詞の表記などの特徴が見られます。また宣命せんみょう体とは、体言や副詞・接続詞・連体詞・用言の語幹は訓読みの漢字で大きくしるし、用言活用語尾・助動詞・助詞などは真仮名(万葉仮名)で小さく右下によせて書く体裁の文章様式です。
漢文体の印刷物としては奈良時代の称徳天皇(718―770)の発願による『百万塔陀羅尼だらに』や、平安時代中期の藤原道長(966―1027)の時代に起こった『摺経すりきよう』があります。いずれも唐や宋の影響を受けたものだが、祈願や供養のためのものだったと考えられます。 宋代には木版印刷の書物が隆盛をきわめており、わが国にも多くの刊本がもたらされたと思われます。わが国でも鎌倉時代後期から室町時代にかけて仏教寺院を中心に木版印刷による版本の量産が盛んになりました。
平安末期から鎌倉期にかけて奈良の興福寺で刊行された経典類を春日かすが版といいます。春日神社に奉献されたものが多いところからきた名称で、ひろく奈良の諸寺で開板された版本の総称としてももちいられています。 高野山金剛峯寺で出版された仏典の総称を高野こうや版、比叡山延暦寺や門前の書店から刊行された仏書・漢書の総称を叡山えいざん版といいます。
禅宗寺院では中国語がつかわれ、漢文で文章をつくる機会も多くなったため、宋や元の刊行物の覆刻かぶせぼりも盛んに行われるようになりました。禅僧も、蘇東坡や黄山谷の詩作を学んでいたようです。京都や鎌倉の禅宗寺院によって刊行された禅籍・語録・詩文集・経巻などの木版本を五山版ごさんばんといいます。京都五山とは京都にある臨済宗の五大寺で、南禅寺を別格とし、その下に天竜寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺が位置します。鎌倉五山とは鎌倉にある臨済宗の五大寺で、建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺をさします。
安土桃山時代の文禄勅版・慶長勅版、あるいは伏見版・駿河版といった木活字もしくは銅活字による印刷物も漢文で書かれたもので、その書体は元や明の出版物を覆刻したものでした。これらはいずれも漢文によって書かれたものです。
2 片仮名宣命体・漢字片仮名交じり文
平安時代になって片仮名が誕生すると、新たに「片仮名宣命体」が成立します。片仮名宣命体とは、形式上は前代の宣命体の真仮名(万葉仮名)の部分が片仮名になった体裁の文章様式です。 鎌倉時代になると、奈良時代からの純漢文体や漢化和文体、平安時代からの片仮名宣命体のほかに、あらたに成立した和漢混淆文体が書かれています。和漢混淆文体とは和文の要素と漢文訓読語の要素を合わせもつ文体です。鎌倉時代には、漢字片仮名交じり文とともに、すでに漢字平仮名交じり文もあらわれています。
3 漢字平仮名交じり文
和文体系統の平仮名漢字交じり文の漢字が御家流で書かれたのにたいして、漢文体系統の漢字片仮名交じり文の漢字は真書体(楷書体)系統で書かれました。文学関係の書物は和文体系統でしたが、仏典や、漢学(儒学)・洋学(蘭学)・国学などの学術関係の書物は漢文体系統でした。印刷物における漢文体系統の片仮名が平仮名にかわるのは本居宣長らの国学者によるものだと思われます。
二 和様体
国語科書写において「漢字の行書と調和する仮名」と表記されている和字書体を「和様体」ということができると思います。和様体は、和文体系統・平仮名漢字混じり文の「平仮名」にたいして「片仮名」の書風をあわせたものです。
和様とは日本風の書体のことで、本来は平仮名漢字混じり文で表記されており、漢字・平仮名をふくめて「和様」なのですが、とくに和字──平仮名と片仮名──を「和様体」ということにします。
1 真仮名(万葉仮名)の成立
漢字をかりて音節文字として使用した臨時の文字を「仮名かな」といいますが、真書(楷書)でかいたとき「真仮名まがな」あるいは「万葉仮名」といいます。奈良時代には、日本語の文法に従いもっぱら真仮名(万葉仮名)・和語だけで書かれた文章様式である「仮名文体」で書かれました。
2 草仮名への変化
真仮名(万葉仮名)は真書(楷書)で書いたものですが、これを草書でかいたものを「草仮名そうがな」といいます。その初期資料としては867年(貞観9)の『有年申文ありとしもうしぶみ』があります。
3 平仮名の成立
平安時代初期には、草仮名をさらに書きくずした「平仮名」が成立しました。ここにいたって、真書の借用、草書の借用といった段階を脱して、新しい文字体系としての「平仮名」が確立したのです。日本語の文法に従い、平仮名・和語を主として、わずかに漢字・漢語をまじえることのある文章様式を「和文体」といい、この系統の文章を「和文体系統」といいます。
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なお、現行の字体は1900年(明治33)の「小学校令施行規則」で定められたもので、それ以外の字体を「平仮名異体字」とよぶことにします。
和様体には片仮名は存在しませんが、文章中の漢字の部分から類推することができます。もともとは連綿で書かれていたので、連綿を意識したスタイルとなっています。
三 時様体
国語科書写にはありませんが、「漢字の隷書と調和する仮名」に相当する和字書体を「時様体」と呼ぶことにします。時様とはその時代のはやりの風習という意味があり、織田純一郎訳『花柳春話』には「衣服欧州大陸の時様を帯び」という用例があります。すなわち明治時代以降にヨ―ロッパの影響をうけて成立したとみられる新様式の書体ということをあらわします。
明治時代以降にアメリカからの書体「gothic」の影響をうけて制作されたとおもわれる新様式の書体があらわれました。和字書体の第三の系統が誕生したのです。この和字書体は、水平垂直を基本とした筆法に特徴があります。片仮名「ロ」を例にすると、横線が右上がりにならないで水平になっている。水平垂直を基本とした平仮名の制作は、漢字の一部分をとった片仮名よりも完成が遅れたようです。漢字書体とともにゴシック体と呼ばれていますが、和字書体としては「時様体」という呼称を提案します。
和字書体としてはその起源となるような文献はありませんが、欧字のサン・セリフ体、漢字の隷書体に影響されて設計された活字書体であることにまちがいありません。和様体や本様体とは逆に、活字書体から書写へと展開されていったのです。しかしながら、その活字書体は書写としての運筆が強く意識されており、その成立過程においては書写から彫刻をへて活字書体へと定着していった過程をうかがい知ることができます。
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