interview 2005

●今田さんは、平仮名・片仮名を総称するのに「和字(わじ)」という表記を提案されていますが。

「仮名」の反対語は「真名」であり、「漢字」に対しては「和字」のほうが望ましいと考えられます。真仮名や草仮名と明確にわけるということもあって、平仮名・片仮名については「和字」という表記を提案しています。「和字」は辞書にも載っていることばなので、多くの人に使われることを希望しています。

20年も前の書体や、自分の過去にとらわれるべきではなく、未来に向かって踏みださなければなりません。

●写研在籍時代の「ボカッシイ」「いまりゅう」「今宋」をはじめ、フォントワークスの「はつひやまと」など、そして最近リョービから発売された「ぽっくる」などを設計されてきたと思うのですが、現在の欣喜堂サイトには、これらの書体は掲示されていますか。

掲示しています。KIDSのページから見本・説明のページにいくことができます。
「ボカッシイ」「いまりゅう」「今宋」についてですが、石井賞創作タイプフェイス・コンテストに応募したのは個人ですが、これを商品として制作したのは株式会社写研です。わたしはほかのスタッフと同様に社員として参加したに過ぎません。ですから、法人としての欣喜堂とはまったく関係のないものです。
 また「はつひやまと」などは欣喜堂で制作していますがフォントワークスに著作財産権を譲渡していますし、「花蓮華」の平仮名・片仮名などはリョービ・イマジクスからの委託で制作したものです。本来なら、これらの書体は当社のウェブ・サイトに掲示すべきものではありませんが、記録として残しておくということで、このような扱いにしています。

●今田さんは常に独創的な書体デザインをされていたと思うんですが。

石井賞創作タイプフェイス・コンテストに入賞したものだけしか注目されていませんが、じつは本文用の書体も応募しています。これらは力不足で落選したので、残念ながら日の目をみることはありませんでした。さらには社員として携わった多くの書体があります。これらもふくめて、海中の氷山もみていただければと思います。
 石井賞創作タイプフェイス・コンテストは商品企画のプレゼンテーションではないので、一社員として日常の業務では実現できない発想でという思いがありましたし、石井賞創作タイプフェイス・コンテスト自体が実験的な場として存在しているという認識でもありました。入賞したものについては、さまざまな実験をもりこんで設計できており、その目的は達成されたと思っています。
 実用を度外視した「実験の時代」はすでに終わっています。今は高度成長期ではありませんし、わたしも20歳代ではありません。齢を重ねて社会的な役割も違ってきています。20年も前の書体や、自分の過去にとらわれるべきではなく、未来に向かって踏みださなければなりません。
 いっぽうで、わたしが「独創的」あるいは「個性的」ということばをもちいるとき、たとえば他社にもあるような明朝体やゴシック体にこだわって制作していたり、たんに金属活字への懐古趣味にはしって覆刻(かぶせぼり)で制作したりという風潮にたいしての警鐘という意味合いをこめています。
 当社の「和字Revision 9」「和字Traditional 9」「和字Succession 9」の和字書体3部作は、ほかに類のないスケールの大きさということでは、企画として「独創的」であり「個性的」でもあるとの自負があります。また、これらにふくまれる書体の多くは、いままでほとんどとりあげられることのなかった素材で、未来のために残しておきたいものばかりです。

和字書体については、実用に即したファミリー・システムの構築をすすめていきたいと思います。

● Revision 9・Traditional 9・Succession 9 ・Ambition9の和字書体集は、古い出版物などから和字を抽出して活字書体として再生されていますが、このような手法をとるようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

手法としては「秀英明朝」「ヘルベチカ」「艶」など、社員として過去に携わった書体と変わるものではありません。「はつひやまと」なども同様で、その延長上にあります。ですから、突然あたらしい設計手法にとりくんでいるということではなく、ただ発展させているに過ぎません。
 ある大学の教材で欧文書体の解説書があることを知り、学生が日本では母国語ではない欧文にしか興味をもたないというのではなさけないと思ったのです。そこで、とくに和字書体についてその歴史を把握できるような書物ができないか、タイポグラフィ関係の書物を多く出版している「朗文堂」にその企画をもちこんだところ、「ヴィネット」のシリーズでやりましょうということになりました。それが『Vignette05 挑戦的和字の復刻』です。
 この書物のために、当社では和字書体も制作していたので、せっかくだから、デジタル・タイプとしても販売しましょうかということになりました。ですから「ヴィネット」の副産物として「和字 Revision 9」ができたということです。

●和字書体集のそれぞれを、わかりやすく説明していただけますか。

『Vignette05 挑戦的和字の復刻』(2002年 朗文堂)から誕生した「和字 Revision 9 」では、9書体それぞれが「点」として存在しています。江戸時代以前の和様体(連綿を基調にした書風)、明治時代以降の本様体(一字一字が独立した書風)、時様体(いわゆるゴシック体風)がバランスよく収容されています。
 つづいての『Vignette11 和漢欧書体混植への提案』(2003年 朗文堂)から誕生した「和字 Traditional 9 」をくわえて、あわせて18書体となり、「線」として歴史的なつながりをもつようになりました。結果的には和様体が多く収容されています。
 さらに『Vignette14 和字─限りなき前進』(2005年 朗文堂)から誕生した「和字 Succession 9 」においては「線」からさらに発展して、「面」をつくることをめざしたものです。これは和字書体としての分類を考えてのことで、本様体を中心に収容されています。
 書物の装幀からはじまって、新聞の広告や映画のタイトルなど、はばひろく使われているのをよく見かけるようになりました。雑誌での本文組みなどでも使われるようになったようです。古くて新しい未来志向の書体が、じっくり浸透していくことを願っています。

●和字書体集の後も和字シリーズは続くのでしょうか。

 それぞれの書体のさらなる研究と、実用に即したファミリー・システムの構築をすすめていきたいと思っています。

総合書体も、ユーザーのニーズを考慮して、現在において必要性の高い書体を開発していきたいと思っています。

●「正調明朝体 Combinetion3」にふくまれる「金陵」を皮切りに、これからは漢字書体をメインに制作されるのでしょうか。

日本語書体は、和字書体と漢字書体、さらには欧字書体との組合せによってなりたっています。さらに和字書体を生かすためには新しい漢字書体設計・制作しなければなりませんが、漢字書体は大きなフォントになりますので時間がかかります。あせらずに取り組みたいと思います。
 和字書体と同様に、漢字書体もそれぞれの時代を代表する個性的で豊穰な書体群があります。これらを知らないまま使うことができない状況にあるのは、日本人としても不幸なことです。これらを紹介し、できれば選択肢に加えていくことが、活字書体設計に携わる者としての責任ではないかと思います。
「温故知新―ふるきをあたためてあたらしきをしる」ということばがあります。これは「過去の伝統を固守するのではなく、現代の火で温めなおして、新しい意義を見いだす」という意味です。「復刻」においては現代の火で温めなおすということが重要なのです。
 漢字書体もその歴史を把握できるように、せめてウェブ・サイト上だけでも構築させたいので、とりあえずは試作レベルで充実させておきたいと思っています。そのなかからユーザーのニーズを考慮して、現在において必要性の高い書体を開発していきたいと思っています。

橋本和夫さん、石川優造さん、鈴木勉さんらは、職場の上司として少なからず影響を受けたといえます。

●文字に興味を持たれたのは、いつ頃で何がきっかけだったのですか。

文字ということでは、小学生の時に漫画を描いたり壁新聞を作ったりしていたときです。そのタイトル文字をきっかけに日本通信美術学園のレタリング専科という通信教育を受講しましたが、なにしろ小学生だったのでひどい成績でした。活字ということでは、高校時代に発行していた謄写版刷りの同人誌からですが、あくまでも趣味程度のことでした。
 活字書体設計が仕事になったのは、大学を卒業して就職したのが写植メーカーで、配属されたのが書体設計部門だったからです。別の会社に採用されていれば、もちろん活字書体の設計をしていなかったでしょう。

●書体デザインをする際に心がけていることはありますか。

客観的にみることです。簡単なようで、なかなかできません。

●書体をデザインするには、どんな勉強とか才能が必要だと思われますか。

あらゆる方面での知識・教養が必要になるので、いまだに毎日毎日が努力の日々です。

●影響を受けた書体や書体デザイナーを教えてください。

写植メーカーに就職してから、社外の人と交流することはほとんどありませんでした。橋本和夫さん、故石川優造さん、故鈴木勉さんらは、職場の上司として少なからず影響を受けたといえます。その2年後に鳥海修や片田啓一(現在字游工房)が入社し、小林章(現在ドイツ在住)らがつぎつぎに入社してきた1980年代前半は、それなりに楽しく充実した職場でした。
 影響を受けた書体としては、当時携わった「秀英明朝」や、「ヘルベチカ」「かな民友」「紅蘭宋朝体」などがあげられます。

メールマガジン「FONT NEWS」(2005年)より転載させていただきました。インタビュアーは佐藤豊さん(有限会社タイプラボ代表取締役)です。
※2009年10月に一部を訂正しました。