◆『周礼』の字様と「多宝塔碑」の書風を比較する
『周礼』などの四川刊本は、「多宝塔碑」「顔氏家廟碑」をはじめとする顔真卿の書風の影響を受けています。このうち「顔氏家廟碑」などの六〇―七〇歳代の作はいわゆる顔真卿の個性が強くなりすぎているので、四〇歳代の作である「多宝塔碑」を取りあげ、『周礼』の字様と比較することにします。「多宝塔碑」は比較的おだやかではありますが、初唐の書風とは著しく異り、豊満で剛健なイメージが形成されています。
◇筆法
「多宝塔碑」の筆法について、『中国法書ガイド40 多宝塔碑』(1988 二玄社)のなかの「多宝塔碑の基本点画」で、樽本樹邨氏は次のように書いています。
顔真卿の書を評して「蚕頭燕尾〔さんとうえんび〕」という話があります。蚕頭とは起筆の頭が蚕の頭のように円くなっていること、つまり筆先をかくして書く方法で蔵鋒になっていることをいい、燕尾とは右のハネの収筆が燕の尾の先のように二つに分かれていることでしょう。この筆法は中期頃の作によくみられますが、常に蔵鋒で紙背につきやぶるような鋭い線で表現したいという考えがあったようです。
『周礼』の力強い字様は、横画の収筆や曲折に「竜爪」とよばれる特徴が強調されています。これは起筆などにもあてはまります。「多宝塔碑」には「竜爪」ほどの特徴は見られませんが、唐代初期の楷書にはないどっしりとした収筆です。
縦画の起筆にみられる「蚕頭」の筆法は、『周礼』においてはさらに強靱になり、「竜爪」に相対するような筆法になっています。また「多宝塔碑」の縦画は横画よりもかなり太くなっていますが、これは『周礼』も同様です。「多宝塔碑」にはまだ「燕尾」の磔法は強く見られません。それでも唐代初期の楷書よりはるかに鋭くなっているようです。躍法は唐代初期の楷書が短く強いのに比べ、「多宝塔碑」では強く鋭くなっています。
このように「多宝塔碑」の「蚕頭燕尾」といわれる筆法は、『周礼』にいたって「竜爪」とよばれる刊本字様へと変化したといえます。これは工芸の文字として整理がすすんだことをあらわしていますが、唐代中期の顔真卿の筆法の特徴を十二分に引き継いでいるともいえます。
◇結法
前述の『中国法書ガイド40 多宝塔碑』のなかの「多宝塔碑の書法について」で石橋鯉城氏は北魏・初唐のさまざまな楷書との比較によって、「多宝塔碑」の結法をあきらかにしようとしています。
一字一字の結構は、唐代初期の楷書にくらべると少し正方形で抱懐が広くなっています。筆画の長短差を抑えて正方形に組み込もうとしながら、より暖かさが感じられるところに最大の特徴があります。
主要な横画ではほぼ10度の右肩上がりで「九成宮醴泉銘」と同じくらいの傾斜角がありますが、横画の収筆が大きく下がっているために安定感があります。同じように『周礼』を調べてみると、刊本字様ということで、少し角度を抑えているようですが、やはり「竜爪」の筆法が作用しているようです。
もうひとつの特徴として、向勢であることがあげられます。向勢とは、例えば「同」の外側の縦画が互いに向き合う結法です。向勢の場合、抱懐は必然的に広くなります。 これらは『周礼』にも受け継がれています。 「多宝塔碑」は、横画が細く、縦画が太くなっています。つまり筆画のコントラストがいくぶん強くなっています。『周礼』も同様で、これにより雄大で力強い書風が形成されています。
なお、顔真卿の書風の変遷については、中央美術学園・書道造形科編『天円地方――美しき書のモデュールたち』(1988 中央美術学園出版局)で「多宝塔碑」と「顔氏家廟碑」とを比較検討しています。それによると「顔氏家廟碑」になってより正方形を意識した結構になっている例がありますが、むしろ筆法のちがいによってイメージが変わって見えるということのようです。
◇章法
「多宝塔碑」は、「九成宮醴泉銘」とくらべると字間は狭いようです。抱懐が広くなっているので「九成宮醴泉銘」ほどには余白をとらなくてもいいということでしょう。碑刻では、碁盤の目のように、行だけでなく横のラインもきちんと揃えています。
『周礼』は「多宝塔碑」よりさらに詰まっています。文字と文字が接触するほどきつくなっています。また16字詰めになってはいますが、文字の大きさが画数によって異なっています。字間を均等にしているために横のラインはそろっていません。 「九成宮醴泉銘」と 『姓解』との違いと同様に、「多宝塔碑」が字間ベタ組みとすれば、『周礼』のほうはプロポーショナル組みということになるのでしょう。これもまた碑刻と刊本との違い、すなわち文字の大きさや読むときの状態の違いによるものでしょう。
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